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マーチカップ2004第1戦

日 程:2004年3月28日
場 所:筑波サーキット
マシン:#52 CatWalk & JRS マーチ
ドライバー:細野 洋行(スクール生)
レポート:細野 洋行(スクール生)

スクール生が挑んだ初めての公認レース

草レースや走行会を楽しんでいた自分がJAF公認レースに初挑戦しました。
デビュー戦を走りきるまでのできごとをレポートします。

 準備開始

「JAF公認レースにでてみたい」そう思ったのが昨年の秋。インターネットでどんなカテゴリーがあるのか調べたり、レースをやってるガレージに話を聞きに行ったりした。そしてレース車両の調達を本気で検討し、いくつかの案を出したところで年を越す。

 明けて1月3日、クルマ仲間で新年会があり、久々にジャパンレーシングスクール校長の大石さんにお会いした。レース参戦と車両調達についてアドバイスをもらおうと話をしているうちに、「マーチ貸してあげようか」という驚きの発言が! ジャパンレーシングスクールでは、レース参戦を目指すスクール参加者に対して、選考により車両貸し出しなどのサポートを行なっているという。

 そこで急遽、通販でヘルメットとレーシングスーツを注文。1月10日にはBライセンス講習会に参加。さらに2月7日のAライセンス講習会も申し込んだ。そうやってバタバタと準備が始まった。

 初マーチ マーチでの初走行は1月31日。ナンバーのないレース車両というものに乗るのは初めて、貸しガレージに足を踏み入れるのも初めて。お借りするマーチは筑波サーキット前のメッカさんのガレージに入っていたのだが、そこからサーキットにクルマを持ち込むのにクルマを手で押して道路を横断する。走行後はガレージの鍵を借りてきて、クルマを入れる。そんなことがとても新鮮だった。

 走りに関しては「なんかしっくりこない」。タイムもかなり悪くて「なんで?」って感じ、正直ショックだった。いつも乗っているハイパワーFRに対して、マーチはローパワーのFF。車体も軽いし、足も硬い。それに慣れていないが原因なのか、ただ下手なだけなのか、いずれにしても「このままではビリになる」という危機感に襲われる。

 エントリー

2月下旬、エントリー用紙を入手した。記入すべき内容が多くて「ああー面倒くせー」って感じ。ピットクルーの登録が必要だとか、保険に入っていないといけないとか。。。応募締め切りまであまり日数がなかったこともあり、かなりドタバタでなんとか提出したけど、ちゃんと受理してもらえるかどうかずっと心配だった。で、レースの2週間ちょっと前に受理書が届いて、とりあえずホッとする。

 練習

 3月に入ってから本格的に練習を始めた。大石さんからアドバイスを受けて、走るたびに速くなっていった。それでも、マーチカップの上位のタイムにはまだまだ届かない。 自分が下手で遅いことが明らかになってちょっとガッカリ。「レースでは真ん中より上位に入れれば大成功だな」と思うようになる。

 レース前日

 マーチカップ参加者向けにニッサンのスクールが開催された。ここで翌日のレースに出るチーム・ドライバー・車両と対面する。筑波サーキットのパドックにはNISSANのトレーラーが入っていて「いよいよ開幕だ!」って気分にさせてくれる。スクールでは60分の練習走行があり、各車のベストタイムが公表された。これで誰が速いのかもわかった。自分は26台中18番目のタイム、だいたい予想どおりだった。

 走行後には、車両にステッカー類を貼ったり、スーツにワッペンを縫い付けたり。あらためて「レースをやるんだなあ」って感じた。



 レース当日

 いよいよその日が来た。朝、サーキットに着いてエントラント用駐車場に入った。通いなれた筑波サーキットだけど、いつもとは雰囲気が違っている。朝から賑やかではあるけど、緊張感がただよっていて、なんとも言えない気分だった。メッカさんに行くと、自分のクルマも含めた数台がこの日のレースのために準備されていた。こちらも緊張感たっぷりだ。パドックに入ると既に沢山のクルマが待機場所に並んでいて、カテゴリによっては車検も始まっていた。まもなくカートの練習走行とともに場内放送がはじまって、一気に盛り上がってくる。

 車検の時間。車検場に向かう列に並び、前が開くとみんなでクルマを押す。こんなことからもチームとして一体感を感じる。「やはり一人ではできないんだな」とも。

 この時間になると、応援に来てくれた仲間が次々と顔を見せてくれる。私のデビュー戦のために十数名が集まってくれた。いつも一緒に草レースや走行会を楽しんでいる仲間たち。なんと新潟から来てくれた人もいる。

 公式予選。仲間に見送られてコースイン。気合は入るが、緊張してカチカチって事はなく、意外と落ち着いていけたと思う。10分間で8周走った。タイムは練習の時と同じくらい。走行終了後、仲間が予選結果を持ってきてくれたが、22位と知ってちょっとガッカリ。「え〜そんなに下なの?」って感じだった。

 予選が悪かったのは残念だったけど、かえって決勝に向けての緊張感は緩んだように思う。自分より後ろのクルマは明らかに自分より遅いだろうし、前の数台も抜けるかも知れないと思ったからだ。とはいっても他のレースをゆっくり観戦する余裕はなかった。予選から決勝までは4時間ほど時間があいていていたが、その間、何度も何度も頭のなかでスタートのシミュレーションをしていた。1コーナーまでのライン、そして1ヘアまでの混乱の中をどうやって走ろうか。もちろん1,2台抜く事を考えていた。

 そして、ついに決勝の時がきた。決勝前のブリーフィングから戻るとすぐにクルマに乗り込む。意外と忙しい。そして、大勢の仲間から「頑張ってね」と声をかけてもらって、コースイン。1周してグリッドへ。オレンジ色の服を着たスタッフが迎えてくれる。フォーメーションラップ後にグリッドを間違えないようにと何度も周りを見回して目印を確認する。そして3分前、スタッフはコース外へ。立ち去る時に大石さんがかけてくれた言葉は「楽しんできて」だった。なんだか嬉しかった。ドキドキしていた。でもここまで来ると草レースも公認レースも同じ。初めての経験ではない。

 フォーメーションラップから戻り、グリッドで停止するとまもなくレッドシグナルが点灯、そして消灯。スタートをきった。

 あっという間の12周だった。でも、いろんなことが起きた。抜かれたり、抜いたり、抜かないまでも前のクルマにプレッシャーかけたり。ミスして前との間隔が開いてしまったり、自分の得意なところと苦手なところもよくわかった。

 パドックに戻ると仲間が出迎えてくれた。みんなニコニコして「お疲れさま」「ご苦労さま」「18位だよ」とか。。。スタンドで応援していた人たちも戻ってきて「いいレースだった」「かっこよかった」「応援に来た甲斐があった」とか次々と声をかけてくれた。なんだかとっても幸せな気分になっていた。 そのうち「じゃあ飲もうか」ということになり、仲間が持っていたカンチュウハイを手に。大石さんと一緒に栓をあけて「かんぱ〜い」。緊張から解き放たれた瞬間だった。そして応援団がみんな揃ったところで集合写真を撮影。 レース後はクルマをメッカさんに戻し、スタッフの皆さんにお礼を言ってサーキットを離れた。そして仲間が待つ飲み会会場へ。。。

 終わってみて、「やって良かった」心からそう思いました。結果はイマイチでしたが、走り終えたときの達成感と爽快感は、草レースのときのそれよりははるかに大きいものでした。自分の実力を把握すること、そして悔しさを感じること、それらはJAF戦参加の動機であり目的だったのですが、それも100%達成されました。そして、何よりも楽しかった。

 最後になりましたが、マーチカップ参加のチャンスをくれた大石さんとサポートしてくれたメッカさん、そして応援してくれた仲間に感謝いたします。ホントにありがとうございました。

以上

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