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マーチカップ2004第3戦

日 程:2004年5月20日
場 所:筑波サーキット
マシン:#52 CatWalk & JRS マーチ
ドライバー:細野洋行(JRSスクール生)
レポート:細野洋行(JRSスクール生)

挑戦2戦目にして予選4番手。しかし決勝では・・

デビュー2戦目、「はじめてだから」という言い訳はもうできない
結果を出さなければ校長に面目が・・。そう思いながらレースの準備を始めた

 練習再開

 3月末の第1戦から約2ヶ月ぶりにマーチに乗った。その間にショックアブソーバーの変更とエンジンのオーバーホールが施され、第2戦の菅生では大石さんのドライブで予選6位となっている。だから「ちょっと速くなるかも」という期待があったし、クルマ的にも言い訳できない状態になっていた。

 運転を始めると、すぐに乗りやすくなったと感じた。ショックのおかげなのか、それ以外の要因なのかよくわからないが、安心して運転できるようになっている。でもタイムは変わらなかった(ガックリ)。タイヤ内圧、車高、減衰力などいろいろ変えて試してみたけど、乗りやすくなっていくのに、タイムは変わらない。ちょっと焦りがでてくる。

 ところがあるとき突然タイムアップした、たぶんバネレートを変えたのが良かったのだろう。平均で0.5秒くらい良くなっていた。ただ、これでもトップクラスのドライバーが3月に出していたタイムより1秒遅い。

 レース前日

 マーチの占有走行があったので参加した。ライバルたちと一緒に走れる良い機会だ。自分のレベルは全体のなかでどの辺りに位置するのか大体わかる。
 自分のタイムは自己ベストより0.5秒くらい落ちていた。ちょっとガッカリだったが、周りのクルマの状況を聞くとどうやら1秒以上落ちているらしい。相対的に自分はわりと上位にいることになる。ちょっと安心したけど、油断できない。第1戦では各選手とも前日のタイムより予選のタイムが軒並み上がっていたのに自分はタイムがあがらず下位に沈んだのだ。今回も必ず彼らは上がってくるはずだ。

 今回は宿泊することにしていた。自宅もそれ程遠くはないが土曜日の夜の渋滞はかなり苦痛なので。大石さんも宿泊するつもりだということで、数名で食事(飲み)に行く。まだ明るい時間からビール飲んでお好み焼きを食べる。
 宿に着くとアルコールのおかげもあり、すぐに眠りについた。8時くらいだったろうか。ところが、夜11時くらいに目が覚めたのでコンビニに飲み物(ノンアルコール)を買いに行くと、それから眠れなくなってしまった。その日の走行のロガーデータを見たりビデオを見たりしたのが間違いだったか。結局3時過ぎまで眠れなかった。

 レース当日

 携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。大石さんからだ。時計を見たら6時30分、同じ宿に泊まっていた大石さんと6時30分にロビーで待ち合わせしていたのだった。やってしまった。

大石「起きてる?」
細野「寝てました。すみません。」
大石「危ねえ?」
細野「すぐ行きます」

 ばたばたと荷物をまとめて部屋を出る。出発が20分ほど遅れたけど、参加受付時間には余裕で間に合う時間だったのでひと安心。

 参加受付・車検・装備品検査・ドライバーブリーフィングが淡々と進む。前回は走ることよりもこれらの進行をミスらないようにと凄く気を遣っていたが、2回目の今回は慣れているので大丈夫。精神的には少し余裕がある。

 公式予選

 走行前、気持ちは充実していた。早めにシートに座りヘルメットをかぶりグローブをはめる。そして気持ちを高めていった。タイヤがおいしいのは3周目、その3周にすべてをかけるつもりでいた。1周目と2周目はタイヤを温めつつ速いクルマを探し、3周目にはそのクルマにぴったりくっついてアタックするという作戦。上手くいくかわからないけど、やってみよう。

 コースイン時、自分の前にいたのは速いのか遅いのかわからないクルマ(A車)だった。1周目、ゆっくりタイヤを温めていると速いクルマ(B車)が後ろから来たので、先に行かせる。第2戦で表彰台に上がっているドライバーなのでついて行きたいが自分のペースでタイヤを温めたい。幸いB車も自分と同じくらいのペースだったのであまり離れなかった。2周目、後方からC車が来たのでこれも先に行かせる。C車も経験豊富な速いドライバーだと知っていたからだ。

 そして勝負どころの3周目に向けて、ペースを上げて最終コーナーに入る。B車/C車/A車/自分の順だ。やはりA車はあまり速くないようで、ホームストレートで追いついてしまった。しかし完全に並ぶまではいかない。勝負の3周目を遅いクルマの後ろで走るわけにはいかない。「ブレーキで前に出られるか?」「行くしかないだろう」。1コーナー入り口でA車のインに入って前に出た。ベストなラインではなかったけれど、良い判断だったと思う。




 そこからは自分の走りができた。前を走るB車とC車に徐々に近づいているのがわかる。自分の方が速い。ちょうど良くバックストレートでC車に追いつく。スリップストリームが効きそうな距離だ。じりじりと距離をつめてストレートエンドでぴったりくっつくとテールtoノーズ状態で最終コーナーへ入る。こういう経験はあまりないので、ちょっと不安ではあったけど、気持ちは乗れていたので根性いれてついていった。そして立ち上がってコントロールラインを横切る。車内にあるデータロガーのモニターに11秒60と表示された。「よしっ」。その瞬間、目標の10位以内が狙える位置についたと思った。

 つづけて4周目もアタックしようとするがC車が微妙な位置にいる。自分の方が速いので前の周と同じように1コーナーで前に出ようと思ったが、そこは経験豊富なドライバー、閉められてしまった。そこで、この周はアタックを諦めてペースを落とした。これ以上走ってもタイムアップはしないだろうと思ったが、5周目以降もアタックしてみた。案の定タイムは上がらない。そしてチェッカー。

 パドックに戻ってクルマを停めると、メカニックの中林さんが「4位です。おめでとうございます。」と声をかけてくれた。「え?」あまりにも良い結果にどう反応していいかわからなかった。
 応援に来てくれているみんながはしゃいでいた。予選4位、前回予選22位で今回も目標10位と言っている選手が4位なのだから驚いただろう。でも自分はそこまで喜べなかった。なぜだろう、納得いく走りができた結果の4位なのに。やはり決勝にむけてプレッシャーを感じはじめていたのかもしれない。周りは百戦錬磨のつわものばかり、ついさっきまでは自分より速いと信じていたドライバーが後ろに10人以上いる。

 決勝レース

 気持ちに迷いがあったと思う。抜かれない走りとはどうすべきか、いろいろ考えたけど、結論がでないというか自信がなかったのかもしれない。
 遅めにコースインしてダミーグリッドにつく。すでにグリッドについているクルマの間を抜けて前に進む。2列目というのはなかなか気持ちがいい。フォーメーションラップではタイヤを温め、そして再びグリッドへつく。最後尾がグリッドにつくまでには結構時間がかかるようだ。かなりの緊張間を保ったまま待つ。
 「5秒前」。その表示を確認したところでアクセルをあおる。レッドシグナルが消え決勝の火蓋が切って落とされた。

 スタートはホイールスピンが多かったのか加速がよくなかった。4,5,6番グリッドの3台が横並びで1コーナーのブレーキングポイントを迎える。自分はもっともアウトにいたが、ブレーキをかけた瞬間にイン側の2台がすっと前に行ってしまった。「あれれ」と思ったときには更にその後ろの1台にもインに入られていた。ここでいきなり3台に抜かれてしまったのだった。

 2周目には第2ヘアピンで追突されてハーフスピンしてしまう。一瞬「終わった」と思ったのだがすぐに再発進。そこで何台かに抜かれてしまい、その後も2周に1台くらいのペースで抜かれてしまった。
そしてチェッカーを受けた。ミラーで後方を確認すると、予選でずいぶん後ろにいたクルマがすぐ後ろにいる。「オレはいったいどこまで落ちたのだろう」情け無い気持ちになっていた。。

12位だった。全部で9台に抜かれたらしい。
なぜ抜かれたのだろうか?反省点は山ほどある。一番の問題は気持ちで負けていたことだと思う。「後ろのドライバーは自分より速い、たぶん抜かれるだろう」と思って走っていたから簡単に抜かれてしまったのだと思う。自分自身をマインドコントロールできなかったのだ。できることなら同じレースをやり直ししたい。もちろんそんな事はできないけれど。

 最後に

 時間がたつにつれて悔しさがこみ上げてきました。この悔しさがバネとなって、腕と心を鍛え直せるような気がします。次のレースに向けて、、、と言いたいところですが、ジャパンレーシングスクールのマーチを借りるのは今回が最後だったのです。自前の車両がないのでしばらくレースはできないかもしれませんが、いつか必ずまた挑戦したいと思います。

 ジャパンレーシングスクールの受講が切っ掛けとなりマーチレースの2戦に挑戦したが、この経験によりエントリー方法を知り、クルマのセッティングを学び、そして速く走るドライビングを身につけました。このようなチャンスを提供しサポートしてくれたジャパンレーシングスクールと大石校長に感謝いたします。ありがとうございました。

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